中谷宇吉郎と吉川幸次郎の正字正かな論爭

吉川幸次郎「一古典學者の發言」より抜粋

(前略)

もつとも以上のような私の議論に對しては、それでは現代の日本人を、日本の古典文學から範絶してしまうことになりはせぬか、という反對論があるかも知れない。いや、現にある。たとえば中谷宇吉郎博士は、文藝春秋三月號の座談會『日本のバックボーン』で次のように述べていられる。

私どもが今まで一つの民族として生きて來たのは、滿洲に百萬の關東軍があるとか、聯合艦隊が堂堂と波を蹴つて進んでゐるとか、さういふイメージが日本人全體の心に灯をともしてゐたわけです。‥‥それがすつかりなくなつた今日では、代りに何をもつて來るかといふのが、一番大きい問題なんぢやありませんか。日本の藝術とか文學とかがもつてゐる美しさといふものが、聯合艦隊の代りになるんぢやないでせうか。さういふものをもつて來るほかには何もないやうな氣がするんです。さういふ時になつて、漢字を制限したり、へんな假名づかひを強制したりして、古典を讀めないやうに皆をしてしまつたら、何が殘るでせうか。

この博士の議論は、その前半がすでに私の理解しにくいものである。今日の日本人は、しかく過去の日本の文學なり藝術なりを、唯一の心のよりどころとしていきるべきであろうか。私はそうは考えない。これから先の日本人は、自分が日本人であることを考えるよりさきに、まず人類の一人であることを考えるべきであり、從つて日本への貢獻よりも、人類全體への貢獻を、まず先に考えることこそ、新しい日本の指導精神となるべきものと、篤く信じて疑わないのであり、(後略)。

「吉川氏に答へる」 中谷宇吉郎

中央公論の編輯者が、突然たづねて來て、「吉川先生の今度の論文に、先生のことが引き合ひに出てゐるから、何か御意見があつたら、お書きになりませんか」といふ話を切り出した。

吉川敎授には、たしか一度くらゐ御目にかかつたことがあるが、親しく御話を伺ふ機會はまだなかつた。唯、私には以前から、ひまがあると岩波文庫の杜詩を覗く妙な癖があつたので、吉川さんが杜甫及び杜詩について書かれたものは、いつも感心して讀んでゐた。それで私の方では、吉川さんのことは書かれたものを通じて、よく知つてゐた。 それで吉川さんが、何か私のことを引き合ひに出して論文を書かれたといふ話をきいて、一寸とまどつた。どういふ話なのかときくと、編輯者は實はゲラを持つて來たから、どうぞこれを御覽下さいといつて、歸つて行つた。讀んでみたら、いつかの文藝春秋の座談會の放言が、手きびしくとつちめられてゐるのである。

吉川さんの論文が前に出てゐるのであるから、内容を書く必要はないが、あのとほりのことを喋つたのであつて、そしてその放言は、この論文でとつちめられるとほり、いささか不謹愼であり、且ついい氣なものであつた。といふことが、吉川さんの所論を讀んでみて、初めてよく分つた。

實は私は、もともと新假名づかひの積極的な反對論者ではないのである。今更辯解がましいことをいふやうであるが、隨筆を書くと、たいていの場合、原稿の欄外に「新假名づかひに訂正差しつかへなし」と書き加へておくことにしてゐる。しかしたいていの場合は、編輯者の方で面倒臭がつてかどうか、舊假名のままで出してゐることが多い。二年くらゐ前に世界に「科學のいらない話」を書いた時は、ちやんと新假名遣ひに直してくれたが、さういふ例は不幸にして、少いやうである。

ところで問題は、さういふ中途半端な男が、何故座談會で、ああいふ放言をしたかといふ點にある。まことに勝手な辯解をするやうであるが、その一つは、今更又新しい假名遣ひなどをおぼえるのが、やり切れないからである。舊假名づかひは、おぼえなければならないが、新假名づかひの方は、發音どほりに書けばよいので、何も新しくおぼえなくてもいいのだと、或る種の人たちはいはれる。もちろん吉川さんは、さういふ馬鹿なことはいはれない。發音どほりに書くなんて、そんなことが出來るはずはないので、もしフォネチックに發音どほりに書かうとしたら、假名を何百字と作らねばならないであらう。新假名も舊假名も、結局は勉強しておぼえなければならないものであるから、もうこの齡になつて、又新しい假名遣ひをおぼえるのは閉口だから、「新假名づかひに訂正差しつかへなし」で御免を蒙つてゐるわけである。

もつとも以上の話も、實はまだ體裁をつくつてゐるのであつて、本當のところは、私は新假名づかひが嫌ひなのである。座談會の放言で「へんな假名づかひ」といふ言葉を使つて、新假名づかひといはなかつたのは、今から考へてみると、やはり本心が出てゐたのであらう。一言でもらしてゐたのである。人間は不用意のうちに、つい本心が出るもので、これは注意しなければならないことと、やつと氣がついた。

今になつて考へてみると、私の新假名づかひに對する嫌惡の情は、それが國會で、法律か或はそれに類似のもので決められたといふ點に起因してゐるらしい。法律でなくて勸告かもしれないが、終戰後のどさくさに乘じ、まだ統制權力華やかなりし時代に、國民の代表、即ち主權の代表たる國會から、「勸告」によつてかういふことが決められたのならなほ惡質である。それが氣にくはないのである。

もつともこれは生意氣ないひ分だ、主權在民の今日では、民の代表たる國會の文敎委員會(?)できめたことに對して、不平をいふのは一種の不敬罪であるかもしれない。だから私は「新假名づかひに訂正差しつかへなし」と書いてゐるのである。しかし好き嫌ひの感情くらゐは、まだ自分でもつことが許されてゐるものと思つてゐる。

話は少し横道にそれるが、國會の文敎委員會(?)に對する私の嫌惡の情は、小宮(豐隆)先生の藝術大學學長辭任の事件によつて生れたものらしい。偶々、その委員會を傍聽した某國立大學のF學部長の話によると、F君はこの話をきいてから以後、もう決して某政黨には好意をもたないことにしたさうである。小宮先生がじゆんじゆんとして、日本音樂は藝であつて學びではない、それは研究すべきもので、大學の講壇から講義をすべきものではなく、又出來るものでもないといふ話をされた。日本音樂を排斥するのではなくて、それは大學内に別に研究所ゐ作つて其處で研究すべきものであるといふ意見なのである。それに對して委員たる一代議士は、「あんたなんか、西洋崇拜だから、そんなことをいふが、ヴァイオリンとピアノで盆踊りがをどれますかい」といつたさうである。そして結局その意見がとほつて、國立の藝術大學に長唄の敎授が出來、小宮先生は學長就任を拒否されたのである。「うちのお師匠さんを大學の敎授にしてよう」と妓から賴まれたんだらうといふ說もあるが、國民の代表の言動に、そんな馬鹿なことがあるはずはない。

いづれにしても、今度の新假名づかひの半強制は、「ヴァイオリンで盆踊りがをどれるかい」の類ひから出たものである。もつとも盆踊りの方は衆議院で、新假名の方は參議院かもしれないが、とにかくさういふ方面が、新假名づかひを強制しようとして、一方私の尊敬する作家たち、例へば志賀直哉氏とか里見弴氏とかいふ人たちが、舊假名を使つて居られるので、ついずるずると私も舊假名のままで過して來てゐる。どうもそれが人情の自然だから致し方がない。もつともどんな氣にくはないところから出た話でも、内容がよければそれに從つた方がよいことはもちろんである。以上の話は、全く私の好き嫌ひだけの問題である。それで私は、自分の文章を新假名づかひに直されても、決して文句はいはない。むしろよく面倒なことをやつてくれたと感謝するくらゐである。もつとも隨筆集にのせる時は、一旦新假名づかひに直してもらつたものを、又舊假名に戾してゐる。それは本としての體裁をそろへるためであつて、それには少數の方を多數に合はす方が簡單だからである。新假名づかひに直してくれる編輯者は、十人に一人くらゐしかない。

要するに、私は新假名づかひが嫌ひなのである。その一番主な理由は、以上のべたとほりである。現代の日本の作家たちが、大部分新假名を使つて居られないのは、理由はそれぞれ異るであらうが、要するに嫌ひだからだらうと思ふ。好き嫌ひできめるのはけしからんことかもしれないが、これは大切なことである。とにかく嫌惡の情を心の底にもつて、座談會などに出て、普段は滅多にくへない御馳走などになつてゐると、ついああいふ放言が出るのも自然の勢ひである。理窟にならぬ理窟をいふところに、案外本心が出るものと、我ながら感心してゐる。

もつとも一つだけ辯解させて戴くが、今度の朝鮮動亂の寫眞の中で一番私の心を打つたものは、京城からの避難民の大群が、それぞれ小さい風呂敷包をもつて、雪の曠野をとぼとぼ歩いてゐる姿である。行先きのあてはもちろんないのであらう。明日の生きる望みは全然なく、ただ瞬間の生命をいきのびるために當てもなくさまよふ。これくらゐ悲慘なことはない。軍備のない國、たとへ許されても自力では近代軍備の出來ない國では、何時でもかういふ姿になる覺悟だけはしておく必要がある。なるかならないかは、自分の努力や熱願ではどうにもならないので、先方の意志だけで決まることなのである。

さういふ狀勢の下に於ても、なほわれわれは「日本人全體の心の中に灯をともすもの」を求めてゐる。そのこと自身には、大多數の人は異論がないであらう。もつとも日本などといふものを考へないで、ユダヤ民族のやうに世界中に滲透して行つて、それぞれの個人が、世界の文化に寄與すればよいといふのも、一つの考へ方である。しかし私はどうもそこまで徹底した考へに安住することが出來ない。(もちろん吉川さんも、そんなことはいつてをられない。)

この「灯をともすもの」として、私は世界中のどこの國の軍隊がはひつて來ても、壞すことの出來ないものを作るべきだといふことを提唱してゐる。例へば北鮮にある水豐のダムは、中共軍にも壞されないし、又國連軍も爆擊してゐない。あれをこはすと北鮮滿洲の何千萬といふ人民が、生活上直接に非常な困難をするからである。それをこはしたら人類の敵になるといふものを作つておけば、どこの軍隊もこはさない。あの水豐ダムを作つたのは、日本人である。このこともあの座談會の中で話してゐるので、それがないと、その補遺として話した新假名づかひの議論も、いろいろ誤解を招くおそれがある。

「灯をともすもの」を新しく作ることが大切であると同時に、現在ある同種のものも大事にしなければならない。「漢字を制限したり、へんな假名づかひを強制したりして、古典を讀めないやうに皆をしてしまつたら」といふのは、少し輕卒な言葉であつたが、座談會の御馳走の席での失言と、御容赦を願ひたい。古典といふのは、實は少し滑稽な話であるが、鷗外漱石のあたりを指してゐたのである。これには私の體驗がある。大學を出て少しものごころがついた頃、鷗外の『即興詩人』を讀み直してみて、ひどく興奮したことがある。ローマ郊外の荒れ地のあたりの描寫を讀んでゐるうちに、すつかり醉つてしまつた。ところがそのうちに氣がついたことは、その醉心地が、今までの他の作家の名作を讀んだ時の感激とは、少しちがふことである。これはどうしても葡萄酒の醉心地であつて、灘の銘酒の醉心地とはちがふ。文章といふものは不思議なものであると、つくづく思つた。それで『即興詩人』を、その後もいろいろな若い連中にすすめてみるが、たいていの人はさう面白いとは思はないといふ。大學へ行つてゐるうちの娘なんか、英文學をやつてゐるくせに、「さうねえ」ぐらゐで輕く片付けてゐる。一寸淋しい気もする。かういふ傾向は、今度の漢字の制限と、新假名づかひの半強制とで、ますます拍車をかけられるであらう。新假名づかひだけでなく、漢字の制限と相まつて、その威力が發揮されるのである。もちろん、舊假名をつかつてをれば、古典が讀めるといふのではない。私の議論は、「ビフテキを喰ふには、ナイフがある方が便利だ」といふだけである。「ナイフがあつても、ビフテキが無ければ喰へないぢやないか」といふ話とは、別の問題である。又ナイフがなくても齧ればよいわけであるが、やつぱりあつた方が便利である。

もつとも新假名づかひによつて、何か非常に有利なことがあれば、話は別である。しかし今までの私の知識では、さうたいしたことはなささうである。新假名づかひだつて、やはりおぼえねばならないもので、少しは簡單かもしれないが、それによつて少し敎育の能率が上つても、たいしたことはない。又少しくらゐ能率が上つても、どうにもなる世界情勢ではない。それよりも、最惡の事態に立ち到つても、なほ日本人が互に心のつらなりをもつやうに努めた方が、もつと大切であらう。それにはイプシロンでもプラスになるものは、なるべく大事にしておいた方がよいと、私は思つてゐるだけである。

ところが今度の吉川さんの論文を讀むと、日本語といふものは、その性格上、新假名づかひの方へ進化して行くべき性質のもののやうである。それならば話は別であつて、さういふ風に自然に生長して行くことは大賛成である。新假名づかひの制定よりも、吉川さんの今度の論文の方が先にでてゐたら、恐らく私なども、もつとちがつた考へになつてゐたであらう。新假名づかひは、不幸な誕生をみたものである。

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